「お客様は神様です」について考えてみた

2020/04/11

故・三波春夫さんの有名な言葉に「お客様は神様です」というフレーズがあります。
このフレーズは実に様々に解釈されています。

このフレーズが真意と離れて使われる時には、「お客様」は商店、飲食店、乗り物のお客さん、営業先のクライアントなどになり、「お客様イコール神」となります。
例えば買い物客が「お金を払う客なんだからもっと丁寧にしなさいよ。お客様は神様でしょ?」という風になり、クレームをつけるときなどには恰好の言い分となってしまっているようです。
店員さん側は「お客様は神様です、って言うからって、お客は何をしたって良いっていうんですか?」と嘆かれています。

三波春夫オフィシャルサイトより

上に書かれているように、お客様が「自分は正しい」と主張する際の言い分として使われることが多いようです。

しかし、きっと三波春夫さんはそんな意図で「お客様は神様です」と唱えたわけでは無いはず。
今回は私の経験も踏まえて考察していきたいと思います。

なぜ、お客様は分かってくれないのか、という唇を咬んだ例

例えばコーポレートサイト制作のプレゼンでの出来事。

あなたは徹底的にユーザー視点やニーズを調べ抜いたとします。
デザイナやコピーライターとも何度も打ち合わせを重ねて渾身の提案を練り上げました。
しかし最終プレゼンの結果、本命案は軽く見送られ、いかにも役員会ウケしそうな「B案」のほうが通ってしまいました。
地団駄を踏んでも仕方ありません。良くあることです。

がっかりと肩を落とす間もありません。ディレクターであるあなたは「何であの人たちは本質を理解できないんだ」と息巻くデザイナやコピーライターを「まぁまぁ今回だけは目を瞑ってよ」となだめなければならないからです。そんなあなたの頭の中では、きっと「クライアントは神様です」というフレーズがぐるぐる回っているに違いないでしょう。

お客様は神様ではないよ、間違いはいっぱいあるよ、という予防線を張る例

次に、私が以前関わったことがあるソフトウェア会社でのことをお話しします。

その企業はお客様のことを過度に警戒していました。牽制しないと要求が雪だるまのように膨らんで自分たちの仕事が増えてしまう、という組織的妄想があったからです。

それゆえに、お客様にくどいくらい自分たちの免責を主張し、保険を張っていました。
その企業では「クライアントは神様じゃないからね。最低でも対等なんだよ」というフレーズが多用されていたのを思い出します。

お客様にもの申すなんてトンデモないことです、という例

あるシステム会社さんとお客様とのミーティングに立ち会ったときのことです。

開発納期が遅れていて、システム会社さんは気後れしている情勢でした。
さてお客様は納期のことはそこそこに「ちょっとここが足りてないので機能を追加して欲しい」「現場から今の仕様だと使えないという意見が出ているので、見直して欲しい」と発言されています。

この要求を呑むと開発工数が増えるだけではなく、納期がさらに遅れてしまうので、お客様にしっかりとその旨を説明すべき場面です。しかしシステム会社のエンジニアは何も発言しません。うなづくでもなく黙っています。

一瞬の沈黙もまもなく「じゃあそう言うことでお願いしますね!」とお客様からねじ込まれそうになりましたので、間髪入れずに私のほうから介入しました。「今の段階で追加変更を入れるとスケジュールがさらに遅れます。また追加コストと思われる部分はシステム会社が負担すべきか、お客様が負担すべきかも検討する必要がありますね」

結局この件はお客様のほうでお引き取りいただくことになりました。打ち合わせの帰り道にシステム会社のエンジニアに「何で言われっぱなしで黙っているんですか」と尋ねたら、どうやらお客様の要求は絶対逆らえないという既成概念に捕らわれていたようなのです。

さて「お客様は神様です」という概念の捉え方が様々なゆえに、自分を無理に納得させるときや、その反動として活用されるとき、また畏怖する余り自分を無力化させるケースについて紹介しました。しかし、どれも適切な捉え方ではない気がします。

それではと「クライアント・ファースト」という発想を考えてみる

再び、三波春夫さんです。

『歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。ですからお客様は絶対者、神様なのです』

三波春夫オフィシャルサイトより

何だかジーンときますね。

次に私の解釈を書きます。
三波春夫さんは、きっとこんなことを言いたかったのでないか。

「どんなに芸を磨いても、稽古を積んでも、その良し悪しを最終的に評価するのはお客様。
自分の芸をご覧くださったお客様がどう感じられるか、それは相手にどう伝わったかが全てだから、もう自分の意思から離れたところにあるのです。だからお客様の評価は絶対なんです。
そんな意味で私は『お客様は神様です』と言っているのです。」

さて、先ほどのコーポレートサイト制作のプレゼンに戻ると、本命案が採択されなかったのは、自分が行った提案やプレゼンによってお客様に伝わったことによる評価です。つまり「どうして分かってくれないのか」と唇を咬むのではなく、絶対者であるお客様の評価をただ真摯に受け入れるだけでしょう。

さらに先のソフトウェア会社の話しに戻すと、どちらが上とか、いや対等だよ、とかでもありません。

また決してモノ申してはいけない存在ではなく、お客様を正しい方向に導くのも、私どもが提供すべき「芸」として捉えると、決して手を抜くわけにはいかないのです。「お客様は常に正しい」と一見矛盾すると思われるかも知れませんが、歓んでいただく絶対者、評価をしてくだる絶対者という意味においては、やはりお客様は常に正しいのです。

その認識を以ってお客様にサービスを提供するという枠組みの中において、間違っていることや道をそれることについて、意見を伝えていかなくてはなりません。その根本にあるのが「お客様を起点に考える」というクライアントファーストの思想であると三波春夫さんは言いたいのではないかと思います。

最後にもう一回。「お客様は神様です」。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。