ITと第一次産業の関係を「釣り」を通じて語ってみる

2020/10/20

IT発展の歴史を振り返ると、鉄を始めとした第二次産業がITの黎明期に大いなる需要を提供してきました。
もっとも機械装置産業においてITが仕事の根幹になり得るのは「必然」と言えるでしょう。
ITは第二次産業によって育てられて、次に金融を始めとした第三次産業によって私たちの生活と切り離せないものになっています。


それではと第一次産業ですが、誤解を恐れずに言うと「ITが無くても成り立つ」産業分野でもあります。

第一次産業
第一次産業には、自然界に働きかけて直接に富を取得する産業が分類される。
農業、林業、鉱業、漁業(水産業)がこれに該当する。
Wikipediaより

近年Iot(インターネット・オブ・シングス)の進化によりIT分野による第一次産業への働きかけが始まっています。

しかし人間が原始的に備える「生存力」に関わる営みは、ITが扱う「デジタル」的な世界との接点を見出しにくいため、IT業界の人たちが発するアプローチは殆どうまくいってません。
ITの専門家が「これ、いいですよ!ぜひやってみませんか!」と唱えても、特に汗をかいていない人の話しは現実味に乏しくて簡単に見透かされてしまいます。うまくいっているのは、誰に薦められるわけでもなく当事者のニーズをきっかけに現場が率先するケースが殆どでしょう。

このように一見ITが入り込む余地が無さそうな第一次産業。しかし見方を変えると伸びしろが大きい世界だと筆者は捉えています。
いきなりの話題転換ですが筆者は「釣り」を趣味としています。「釣り」は自然界と関わる営みです。
そこから見えてきた「情報処理」の重要性および「IT」との重要な接点について考察していきます。

釣りにまつわる「座して待つ」という誤解

「釣り」というと、じっと座って忍耐強く魚を待っているイメージがあります。しかし実際はその真逆です。
長気な人よりも短期な人が向いているという話しを聞いたことがあると思います。どういうことかと言うと「魚が獲れないときに、やり方を変えずにいてはいけない」ということです。

自然界の事象には、風向き、気温、気圧、潮汐、潮流、天気、日照、時間といった複数の変化があり、それらは刻一刻と変わるため、一度たりとも同じ状態はありません。そのような自然の変化と、魚の生態や行動様式が複雑に絡み合います。

自然界の変化と魚の動きは常にリアルタイムにやってきます。釣り師はこの変化を敏感に捉えて臨機応変に対応することが求められます。
これをビジネス的に表現すれば、市場環境の変化をリアルタイムに察知して、PDCAを小刻みに廻すと言い換えることができます。

その変化を捉えるデバイスが温度計や潮汐、風向計といったセンサーであったり、また潮の流れは釣り糸で捉えたり、風力の変化はスマホデバイスに加えて五感の身体能力で感じ取ることになります。常にセンサーや五感を研ぎ澄まして、過去に蓄積されたデータからパターン分析を行い、仮説を立てて検証する。釣りというのは実はこのような作業の繰り返しです。

ITを駆使して市場分析することとの類似性


実際の現場において釣り師は「座して待たず」に、実際には環境変化と魚の反応を見ながら、あの手この手をいろいろと変えています。
具体的には、次のようなあの手この手を試します。

・過去の蓄積データと当日の気象データから対象と場所を定める
・ベストポイントを割り出す
・仕掛けの投入地点を変える
・潮の流れに沿って載せ方を変える
・糸の張り方を変える
・撒餌の投入地点を変える
・餌の種類を変える
・仕掛けの重さや深さを変える
・場所そのものを変える

そして仮説が当たったときに初めて獲物を手に入れることができるです。
つまり実際の釣りは、静的なイメージとは正反対なのです。これをフロー的に表現すると、

(1)センサーで検知して、
(2)過去に蓄積したデータからパターン分析して、
(3)仮説を立てて、
(4)実行して、
(5)ビフォーとアフターの変化を評価して、
(6)フィードバックする

という小さなフローを沢山廻す必要があります。これはITを駆使して市場分析することと似ています。
私自身データを意識するようになってから、実際に釣りの精度が高まりました。

なお職業として漁を営む人にとっての(1)~(6)は身体に肌感覚として刻まれているものと思われます。
しかしこれを数値で把握して仕組み化することができれば、生産性が上がること間違いありません。実はITと相性が良いのです。

実際の勘所は実は違うところにある

このように「釣り」ひとつとってみても、やってみる前のイメージと実際にやっている人の感覚には大きな差があります。
外部の第三者が唱えるソリューションに対して、現場の反応が薄い理由のひとつです。

第二次産業や第三次産業においては、外部の第三者が唱えるソリューションは実は当事者にとって価値が高い場合があります。
むしろ部外者だからこそ気付くことが提案の根幹になることさえあります。
しかしこのような常識はどうやら第一次産業には通じないようです。どっぷりと世界に浸かってみないと見えてこないことがあるからです。
このような事情から第一次産業においては、当事者主導によってのみIT導入がなされます。

ちなみに漁業だけで言えばノルウェーの場合は、国家的に取り組んだためにITが進みました。
日本もこれからはIT国家としての舵取りが期待されているところです。
それともう一つ筆者が期待するのは、働き方改革によって生き方の選択肢が拡がることです。
本業以外の営みや家事などへの時間の配分は、人間が原始的に備える「生存力」への回帰につながります。

つまり自然や生命への畏敬を取り戻す機会が来ているのです。机やパソコンの前から離れて、自然と生命に向き合う。
ITが第一次産業に貢献する道すじは、こんなところから始まるのではないかと思います。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。