なぜ応募がこない?IT人材市場における報酬戦略の重要性
当社の顧客のほとんどは年商30億~800億円ほどの中堅企業ですが、私はしばしば先方の責任者の方々から同じ悩みを聞かされます。
「ITを取りまとめる人材を採用したいが、思うように進まない」という声です。
大企業と違い、中堅企業ではIT専任部門が十分に整備されていないことが多く、事業部門や経営企画部門がIT業務を兼任するケースが少なくありません。仮にIT専任部門があったとしても、その人数は限られており、ITプロジェクトが始まるとすぐに手が回らなくなるという現状に悩んでいるのです。
このような状況の中で、企業は中途採用や外部のスポット人材を探し始めるわけですが、7~8年前であれば面接に漕ぎつけることはまだ可能でした。ところが、ここ2~3年は応募すら集まらない状況が続いています。
では、企業が求めるIT人材はどこにいるのでしょうか? そして、どうすれば彼らと出会うことができるのでしょうか?
本コラムでは、この問題について深掘りしていきます。
1. はじめに
IT人材は、企業の成長において非常に重要な役割を担っています。特に、デジタルトランスフォーメーション(DX)やデータ駆動型の意思決定が求められる現代において、ITの専門知識とスキルを持つ人材は、企業の競争力を左右する存在です。しかし、多くの中堅企業が直面している課題は、こうしたIT人材の確保が非常に難しいということです。
例えば、一般社団法人日本情報システム・ユーザー協会が発表した「企業IT動向調査報告書2024」によると、企業の約80%が「IT人材が不足している」と回答しています。
また、特に中堅企業では、優秀なIT人材を採用するためのリソースが限られているため、応募が少ない、もしくは応募があってもスキルや経験が不足しているという声が多く聞かれます。このような背景を踏まえ、本稿ではIT人材確保における報酬戦略の重要性について考察していきます。
2. IT人材市場の現状
まず、IT人材市場の現状を理解することが必要です。近年、IT人材の需要は飛躍的に増加しています。経済産業省の「IT人材需給に関する調査」によれば、2030年には国内のIT人材が最大約79万人不足する見通しです。この背景には、AIやIoT、クラウドコンピューティングの普及など、技術革新による新しいビジネスモデルの拡大があります。これに伴い、企業はより高度な技術を持つ人材を求めるようになりました。
しかし、供給側はどうでしょうか。多くのIT関連の教育機関が新たな技術者を育成していますが、需要の増加に追いついていないのが現状です。日本国内のIT人材は年々減少傾向にあり、特に中堅企業がこの激しい競争の中で優秀な人材を確保することは一層困難となっています。結果として、中堅企業が自社のニーズに合った人材を確保するためには、他社と競争できる魅力的な条件を提示する必要があります。
3. 応募が少ない理由
では、なぜ中堅企業ではIT人材の応募が少ないのでしょうか。最大の要因は「報酬の低さ」にあります。日本のIT人材市場において、特に優秀な人材は報酬に対する要求が高まっています。例えば、厚生労働省が発表した「IT・デジタル人材の労働市場に関する研究調査」によると、業務上の課題発見と解決をリードできるレベルのITエンジニアの年収の中央値は約800万円に達しており、マネジメント能力や特定の技術分野に精通したエキスパートになると年収は1,000万円を超えます。
また株式会社マイナビが実施した「2024年版 職種別モデル年収平均ランキング」によると、ITエンジニアのモデル年収は他の職種と比較して非常に高額であることが明らかになっています。この調査は、複数の職種における年収データを集計・分析し、それぞれの職種における平均的なモデル年収を示したものであり、ITエンジニアが高い収入水準にあることを示す重要な指標となっています。
この結果は、ITエンジニアが高度な専門知識と技術を要する職種であること、そしてそのスキルセットが現在の労働市場において非常に需要が高いことを反映しています。また、デジタル化の進展に伴い、企業がITエンジニアに対して競争力のある報酬を提示する必要性が増していることも示唆しています。これにより、ITエンジニアは他の職種と比較して高い年収を得る傾向が強まっていると考えられます。
これに対して、中堅企業では既存の社員との給与バランスを考慮し、IT人材に対して市場水準よりも低い報酬を設定しているケースが多いです。この結果、応募者から見て中堅企業の求人は魅力に欠け、高報酬を提示する大手企業や外資系企業に比べて選ばれにくくなっているのです。また、IT人材はその専門性の高さから、自身のスキルに見合った報酬を求める傾向が強く、報酬が低いと他の企業に流れてしまうリスクが高まります。
4. 低報酬がもたらすリスク
低報酬を設定することには、短期的なコスト削減のメリットがあるかもしれませんが、長期的に見れば企業にとって大きなリスクを伴います。まず、応募者が集まらない、もしくは集まっても期待するスキルを持った人材が少ないため、採用プロセス自体が停滞します。これにより、企業が必要とする人材を確保できず、結果的に事業の成長が阻害される可能性があります。
さらに、低報酬がもたらすもう一つのリスクは、採用に失敗することでビジネス全体に悪影響を与えることです。例えば、新規プロジェクトの立ち上げや既存システムの刷新など、IT人材の確保が不可欠な業務が滞ることになります。これにより、企業の競争力が低下し、マーケットシェアの喪失につながる可能性があります。
また、既存社員との給与バランスを優先することも、企業にとって大きな課題となります。IT人材は、その専門性から市場価値が高く評価されるべきですが、既存の社員とのバランスを保とうとするあまり、報酬を抑える傾向が見られます。このような対応は、IT人材を長期間にわたり確保することを難しくし、企業の成長を阻害する要因となり得ます。
5. 競争力を持つための報酬戦略
中堅企業がIT人材市場で競争力を持つためには、報酬戦略の見直しが不可欠です。IT人材に特化した報酬設定が重要であり、これは単に給与を上げるだけでなく、全体的な処遇を見直すことが求められます。
例えば、基本給与に加え、ボーナスや福利厚生の充実も大きな要因ではありますが、特に柔軟な働き方やリモートワークの導入、キャリアパスの明確化など、給与以外の魅力を高めることが、優秀なIT人材を確保するための鍵となります。
さらに、企業は市場における適正な報酬を把握し、それを基に競争力のある報酬パッケージを設定することが重要です。IT人材はスキルと経験に応じた報酬を期待しているため、適切な評価制度を導入し、報酬を市場水準以上に設定することが求められます。これにより、企業は他社との競争で優位に立ち、優秀な人材を確保できるようになります。
6. 実際の事例から学ぶ
報酬戦略を見直すことで成功を収めた企業の事例は多くあります。例えば、ある中堅企業は、IT人材の報酬を市場平均よりも20%高く設定した結果、短期間で複数の優秀なエンジニアを採用することができました。この企業は、報酬だけでなく、柔軟な働き方やキャリアパスの充実にも力を入れ、結果として人材の定着率も高まりました。
一方、低報酬を維持し続けた企業の事例もあります。ある製造業の中堅企業では、IT人材の報酬を既存の社員とのバランスを優先し、低めに設定していました。その結果、採用活動は難航し、プロジェクトの遅延や顧客満足度の低下を招く事態となりました。この企業は最終的に報酬戦略を見直し、高報酬を提示することでようやく人材を確保することができましたが、すでにビジネスの機会損失が発生していました。
7. まとめ
IT人材を確保するためには、報酬設定が極めて重要な要素であることを改めて強調します。短期的なコスト削減にとらわれず、長期的な視点で人材戦略を構築することが企業の持続的成長に繋がります。経営者・事業責任者は、IT人材市場の現状を正確に理解し、競争力のある報酬パッケージを提供することで、優秀な人材を確保し、企業の未来を切り拓いていくべきです。
この記事を書いた人について
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オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事
富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。
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