「ITはしょせん道具にすぎない」は正しいのか:企業競争力を左右する『仕組み』の重要性

2024/09/04

第1章: はじめに – あるセミナーで感じた違和感

あるセミナーで、講師のITコーディネータが声高に次のように締めくくりました。
「ITは所詮道具にすぎず、それ以上でもそれ以下でもありません。過剰な期待を持たず、地に足のついたIT活用を目指しましょう」
この言葉は、一見合理的に思えますが、私にとっては強い違和感を感じさせるものでした。
「啓蒙や定着を担うITコーディネータがそれを言っちゃおしまいだろう」と思ったのは事実です。

この違和感の根底には、企業の成長に伴ってITの役割や必要性は大きく変わるもの、という考えがあります。
企業が比較的小さいうちは、ツールとしてITを導入して社員ひとりひとりが動きやすくするのを支援するのが効率的といえるでしょう。
例えば日常業務の効率化や、コミュニケーションの円滑化を目的としたツールは、導入コストも低く、すぐに効果を発揮します。このようなケースでは、ITはあくまで「道具」としての役割を果たすため、「ITは道具である」という考え方も正しいでしょう。
しかし、企業が成長し、組織が複雑化するにつれて、ITの役割は単なる「道具」から、企業活動の基盤となる「仕組み」へと進化するものです。

本コラムでは、ITを「道具」として扱うのか、「仕組み」として捉えるのかという視点から、企業の競争力を高めるためにどのようなIT戦略が必要なのかを考察します。

第2章: ITは「道具」なのか、「仕組み」なのか

ITとは、企業にとって何なのでしょうか?
多くの経営者は、ITを業務効率化のための「道具」として捉えがちです。文書作成、データ処理、スケジュール管理といった日常業務をサポートするツールとしての役割は、確かに重要です。しかし、ITの進化に伴い、その役割は単なる業務補助にとどまらなくなっています。

例えばある中堅製造業の企業では、ERPを導入することで、部品の発注や在庫管理を自動化し、手作業の業務を大幅に削減しました。
これにより担当者一人当たりの作業時間が年間960時間も削減されましたが、さらに重要なのは、同システムが各部門間のデータ共有をスムーズにし、経営判断に必要な情報が即時に手に入るようになった点です。つまり、この企業にとってITは単なる効率化ツールではなく、意思決定の迅速化や戦略的な判断を支える「仕組み」へと進化しています。

企業の成長に伴い、ITは「道具」から「仕組み」へと変わるべきです。企業の規模が小さいうちは、社員の作業効率を高めるためのツールとしてのITが適していますが、企業が成長し複数の部門が連携して業務を行うようになると、ITシステムはもはや「道具」ではなく、業務全体を支える不可欠な「仕組み」となります。

第3章: 中堅企業におけるITの役割

企業の規模が大きくなるにつれ、ITシステムの役割も変わってきます。
中堅企業以上になると、ITは単なる業務サポートツールではなく、組織全体を支えるバックエンドの一部となります。
この段階では、ITシステムが企業活動の歯車として不可欠な存在となります。
昨今のビジネス環境において「ITがない」という選択肢は、企業活動としてはありえません。
ITシステムの織り成す「仕組み」の優劣が、企業の競争力や市場での強さを決定する大きな要因となります。

さらに、ITの必要性やシステムのあり方は、企業規模によって大きく異なります。
中小企業では、ITの導入が業務の効率化やツール活用に限定されることが多いですが、中堅企業において、ITの役割は特に重要です。
年商50億~500億円規模の企業では従業員数も増え業務プロセスが複雑化します。
その結果、ITの重要性はさらに増してきます。小規模企業がExcelや簡易なツールで管理できる範囲は限られていますが、中堅企業ではそのような手法が通用しなくなります。業務プロセスが増え、情報の流れが複雑になる中で、ITシステムがなければ競争力を維持することは困難です。

しかし、ITシステムを導入しないまま業務を続けるリスクは大きいです。
例えばある物流企業では長年にわたり手作業での在庫管理を続けていたため在庫過多や欠品が頻発し、結果として年々利益が減少していました。そこで、在庫管理システムを導入したところ、在庫の適正化が進み利益率が向上しました。
このように適切なITシステムの導入は企業の競争力向上に直結します。

企業が成長していくにつれITは経営全体の根幹を支える存在となり、その必要性も大幅に変わります。
業務プロセスの最適化やデータ分析による経営判断の支援など、ITシステムが果たす役割はさらに高度化し、企業の成長を牽引するものとなります。

第4章: 仕組みとしてのIT – プロセスの標準化と効率化

「仕組み」としてのITとは何でしょうか?
単なる業務の道具ではなく、企業全体の業務フローを整理し、標準化し、効率的にするための手段です。

企業の規模が大きくなると、ITシステムは企業全体の業務フローを支える「仕組み」として不可欠な存在となります。
単なる「道具」としてのITではなく、標準化されたプロセスを管理し、効率的に運用するための基盤としてのITが求められます。
この「仕組み」の優劣が、企業の効率性や競争力を決定づけるのです。
複雑な業務フローをITによって統合し、業務全体の最適化を図ることが不可欠です。企業が成長するにつれ、こうした仕組みを整え、強固なIT基盤を構築することが、企業の強さを支える重要な要素となるのです。

またプロセスの標準化は業務の質を一定に保つためにも重要です。
ITシステムが業務プロセスを自動化することで、従業員のスキルに依存せず、常に同じ品質の成果物を提供できるようになります。
これにより、顧客満足度の向上やクレーム削減といった効果も期待できるのです。

ある小売業では店舗ごとにバラバラだった在庫管理の方法をクラウドベースのITシステムに統一しました。
その結果、在庫の流動性が高まり、欠品が大幅に減少しただけでなく、余剰在庫の削減により年間数千万円のコスト削減を実現しました。
このようにプロセスを標準化し、ITで管理することで業務効率だけでなく経営全体の質が向上します。

「ツール型IT」と「プラント型IT」について

社外から購入して便利に使う電動ドライバーのような情報技術を「ツール型IT」と言います。
一方で企業の業務に密接に関わり、単なるツールとは呼べない「プラント型IT」とも言えるITがあります。

「プラント」とは複雑な工業施設を指します。
例えば製鐵業は装置産業とも呼ばれますが、これは企業の主要な資産が生産設備、つまりプラントにあり、そのプラントを稼働させて製品を作り出すことが事業の核心であり、利益を生み出す源だからです。
プラントは単なる道具ではなく、鉄鋼製造プロセスに基づいて、複雑な処理が精密に組み合わされて構築された設備の集合体です。これはどこかから簡単に購入できるものではなく、長い年月をかけて設計されてきたものです。

実際、企業にとって業績を左右する本当に重要なITをよく見てみると、それは「ツール」よりも「プラント」に近いものです。
業務情報がITシステム内を流れることで業務が進行し、最終的にはサービスが顧客に届けられ、お金が回収され、経理処理が行われます。このように業務と深く結びつき、企業の活動を支えるITを「プラント型IT」と呼ぶのです。

「プラント型IT」は、企業活動の核となるシステムであり、その運用がスムーズにいくかどうかが、企業全体の効率や成果に直接影響を与えます。例えば製造業では、生産計画や在庫管理、品質管理など、各プロセスがITによって統合され、効率的に運営されています。このITシステムが、工場全体の動きを最適化する「プラント」のように機能しているのです。

一方「ツール型IT」は比較的シンプルで、特定の作業を補助するために使われます。
例えば文書作成ソフトやスケジュール管理アプリなどがそれに該当します。
これらは業務を効率化する手段として非常に有用ですが、企業全体の業務プロセスを一貫して支えるというよりは、特定の作業を便利にするための補助的な役割を果たします。

「プラント型IT」と「ツール型IT」の違いを理解することは、企業のIT戦略を考える上で非常に重要です。
ツール型ITはすぐに導入できる利便性がありますが、長期的な成長や競争力の向上を目指す場合「プラント型IT」のように、企業全体を最適化し業務を効率的に運営するための仕組みを構築することが不可欠です。
つまり、企業の規模が大きくなり、業務が複雑化するにつれて、「ツール型IT」から「プラント型IT」への移行が求められるのです。

結局のところ企業が持続的に成長し競争力を維持するためには「ツール型IT」では限界があり、業務全体を支える「プラント型IT」が不可欠です。この移行を早期に理解し、適切に実行することが、今後の企業の成長と成功の鍵となるでしょう。

【補足】「ツール型IT」と「プラント型IT」という概念は書籍「会社のITはエンジニアに任せるな!」(ダイヤモンド社)に示唆を得ました。
表現も一部お借りしております。

第5章: ITが企業にもたらす価値の再定義

ITの価値は、生産性や業務効率化にとどまりません。
ITシステムは、企業の競争力や市場でのポジションに大きな影響を与えます。
特に中堅企業においては、ITの「仕組み化」による業務プロセスの最適化が、収益性の向上や市場シェアの拡大に直結します。

ある中堅メーカーが、CRM(顧客関係管理)システムを導入することで、営業活動の効率を劇的に向上させました。
それまで営業担当者ごとに管理されていた顧客情報を一元化し、チーム全体で共有することで、顧客対応の質が向上しました。
さらに過去の取引履歴や顧客のニーズに基づいた提案が可能になり、顧客満足度の向上とともに、リピート率が30%以上向上しました。このように、ITは単なる「効率化」の道具ではなく、企業の付加価値を高める重要な「仕組み」として機能します。

第6章: 結論 – IT道具論を超えて

ITを「道具」として捉えることには限界があります。
企業が成長し、競争力を高めるためには、ITを「仕組み」として捉えることが不可欠です。
業務効率化だけでなく、業務全体の最適化や新しい価値の創造を目指すITシステムこそが、これからの企業の成長を支えるものとなります。

今後、中堅企業がIT戦略を考える際には、単に業務を補助するツールとしてのITではなく、企業全体を支える基盤としての「仕組み」としてITを捉え、導入・運用することが求められます。これにより、企業は競争力を維持・強化し、将来の市場で成功するための確固たる基盤を築くことができるでしょう。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。