「手強い」クライアントになるべき理由:なぜ長い付き合いのベンダーは手を抜くのか?

2024/09/06

1. 気付いたらいつまにかサービスの質が下がっている

ITシステムの構築において多くの企業は、外部ベンダーに開発やサポートを依頼し、最初はベンダーの迅速かつ丁寧な対応に感謝することが多いでしょう。しかし半年、1年、2年と時間が経つにつれて、サポートやサービスの質が徐々に低下してくる現象に気付くかもしれません。

例えば当初は細かく説明をしてくれた進捗報告が、次第に「検討中」「対応中」といった曖昧な表現に変わり、具体的な問題解決や改善策が遅れることがあります。このような状況は、一部の企業に限ったことではなく、実は多くの企業が直面している問題です。
ある調査によれば、企業の3分の1以上が現行ベンダーのサービスやサポートに不満を抱いていると報告されています。

そこで当コラムでは多くの企業からお聞きした実情を踏まえて深堀りします。
特にITベンダーのサービス低下に関する問題は、ベンダー側だけに原因があるわけではなく、クライアント側にもその一因があることが明らかになってきています。

この問題の根本には、クライアントとベンダーとの関係性、特に初期の「緊張感」が失われていくことが挙げられます。
ベンダー側も人間であり、長期間にわたるプロジェクトで「慣れ」や「惰性」が生まれがちです。
特に「緩い」クライアントの態度が、ベンダーにとって手を抜く口実になりかねないのです。

2. 「緩い」クライアントの特徴とは

では「緩い」というのはどんなことを指すのでしょうか。「緩い」と言われるクライアントの特徴を見ていきましょう。

ベンダーに全てを丸投げする

自社のITプロジェクトやシステム運用において、ベンダーに任せきりの態度をとり、具体的な要求やフィードバックを提供しないクライアントです。これにより、ベンダー側が自発的に最適な対応を取るインセンティブが低下します。

曖昧な指示や要求

要求や改善依頼が具体的でなく、曖昧な指示しか出さないクライアントです。
この結果、ベンダーはどこまで対応すべきか判断が難しくなり、問題の放置や対応の遅延が発生しやすくなります。

進捗管理やモニタリングが不足している

ベンダーが行っている作業やプロジェクトの進捗状況を厳密に管理・確認しないため、ベンダーの対応が遅れたり、質が低下しても気づかない、または追及しないクライアントです。これにより、ベンダーに緊張感が生まれず、結果的に質の低下を招くことがあります。

問題を見過ごす傾向がある

ベンダーの報告に対して積極的に深掘りをせず、例えば「検討中」といった曖昧な報告を受け入れてしまうクライアントです。
このため、問題が大きくなってから気づき、対応が遅れるケースが多くなります。

責任を自ら負わない

クライアント側で決定すべき事項についても、明確な判断を下さず、ベンダーに任せてしまうため、最適な解決策が得られないことがあります。これにより、ベンダー側が問題の責任を全て負うことができず、結果的に問題が長引くことになります。

3. 「緩い」クライアントが招くサービス低下のメカニズム

クライアントの姿勢に「緩さ」が感じられると、その影響はベンダーにも伝わり、契約当初の緊張感が次第に薄れていきます。
その結果、サービスの質も徐々に低下し、倦怠感が生まれやすくなります。
また、ベンダーがクライアントの事情に通じてくる一方、何らかの視野狭窄に陥りがちで、新たな提案や改善が停滞してしまうことも、この倦怠化の一因です。
ベンダー側も深刻な問題が発生しない限り、積極的に対応しなくなり、特に曖昧な要求やフィードバックが少ないクライアントは、ベンダーにとって扱いやすい存在と見なされ、結果的に対応が遅れがちになります。

例えば、ある企業が基幹システムの構築をベンダーに依頼した際、当初は毎週詳細な進捗報告がありました。しかし、クライアント側がベンダーに対して積極的にフィードバックを出さず、進行管理を任せきりにしたところ、報告内容が次第に簡素化され、「現在検討中」といった曖昧な表現が増えました。この結果、システムの重要な検討事項が遅れ、最終的にはプロジェクトの大きな遅延を招いてしまったのです。

このような「緩い」態度は、長期プロジェクトにおいて特に弊害は顕著です。
ベンダー側にとって、進捗や問題点を細かく報告する必要性が感じられなくなり、結果的にサービスの質が低下します。

また、ベンダーが複数のプロジェクトを同時に進行している場合、人員配分の都合上、トラブルが発生してもクライアントが「緩い」場合、そのプロジェクトは他の優先度の高い案件に比べて後回しにされることが多くなります。
つまりベンダーから見て「緩い」クライアントほど対応の優先度が下がり、結果的にサポートの質が低下してしまうのです。

ベンダーロックインという弊害

少し話が逸れますが、ベンダーロックインの問題もよく耳にします。
特定のベンダーが提供する製品やサービスに強く依存し、そのベンダーから離れることが難しくなる状況はよくあることです。
本来なら「依存」すること自体が弊害となるとは限らず、互恵関係を築くことは、むしろお互いの成長にとって望ましいのですが、その逆として現行ベンダーに不満があり、取引の継続に不安がある状況を特にベンダーロックインと呼びます。

こうした状態に陥ってしまった企業から、「現行ベンダーに不安があり、RFP(提案依頼書)を作成してコンペを行い、別のベンダーを採用したい」といった相談をしばしば受けることがあります。これは、ベンダーのサービス品質の低下がもたらす大きな弊害のひとつとも言えるでしょう。

特に、ITなどの専門性が高い分野では、ベンダーを途中で切り替えることには多大な労力とコストが伴います。ベンダーが提供するサービスの質が悪化し、情報の非対称性が強まると、さらにその切り替えのハードルが高くなり、結果的に「ロックイン」状態に陥るのです。

ベンダーロックインの弊害として一般的に挙げられるのは、以下の5つです。

1.コスト増大
ベンダーが一方的に値上げを行っても、他に選択肢がなく、その価格を受け入れるしかない状況に陥る。

2.柔軟性の欠如
ベンダーの対応が次第に創意工夫を欠き、問題の放置や対応の遅れ、さらには未解決のまま放置されるケースが増えていく。

3.提案をしてこない
新しい技術や改善策の提案が全く行われず、システムが陳腐化し、競争力が低下していくリスクが生じる。

4.技術的進化への対応の遅れ
現行システムの技術や設計が古くなり、必要な進化に対応できず、多くの問題が表面化する。

5.契約更新時の不利な条件
他のベンダーに乗り換える選択肢が事実上ないため、不利な契約条件でも受け入れるしかない。

【補足】ベンダーロックインという概念はこちらの記事に示唆を得ました。表現も一部お借りしております。
「ベンダーロックイン」の5つの弊害、ベストパートナーと何が違うのか?

4. ベンダにとって「手が抜けない」クライアントとは?

このような弊害を避けるためには、ベンダーにとって「手が抜けない」存在である必要があります。
それは、常に結果を求め、透明性を重視し、適切なタイミングでフィードバックを提供するクライアントです。
このようなクライアントは、進捗状況を細かくチェックし、単なる曖昧な報告を許さない姿勢を持っています。

具体的な例を挙げると、定期的に開催される進捗会議において、「検討中」という報告があった際、その「検討中」とされるタスクの論点がどのように進展したのか、具体的な変化や進捗を確認する姿勢が求められます。
また、問題が発生した際には、ベンダーが対応策を提示するまでのスピードや質を評価し、必要に応じて再検討を要求します。

単に「口うるさく指摘する」や「細かいところにばかりケチをつける」といった、力関係を利用したマネジメント方法とは、この話は全く異なります。ベンダーに対して圧力をかけて無理強いするのではなく、ベンダー自身が「このクライアントには真剣に向き合わないといけない」と感じさせることが重要なのです。

ベンダーが「このクライアントは一筋縄ではいかないな」と思う瞬間、そこには自然と高い緊張感と責任感が生まれます。これは、単にクライアントが厳しいという意味ではなく、プロジェクトの進捗や品質に対して適切なフィードバックを行い、常に明確で具体的な要求を提示する姿勢が、ベンダーにとって「手が抜けない」クライアントとして認識されるということです。

言い換えると、こうしたクライアントは「手強い」クライアントとしてベンダーから見られる存在になります。ベンダーはこのようなクライアントに対して、自らの専門性を発揮し、最善の結果を提供しなければならないと感じるようになるため、自然とサービスの質も向上していきます。

このような「手強い」クライアントに対しては、ベンダー側も緊張感を持たざるを得ません。進捗が遅れたり、不適切な対応があった場合には即座に指摘されるため、手を抜くことができないのです。結果として、ベンダーは最善を尽くすために、より高いパフォーマンスを発揮します。

5. 緊張感のある関係が生み出す副産物

ベンダーに緊張感を与えることは、サービスの質を保つ上で非常に効果的です。
企業側が定期的に進捗を確認し、フィードバックを提供することで、ベンダーも「手を抜けない」というプレッシャーを感じます。
これにより、問題が発生した際にも迅速に対応し、クライアントの期待に応えようとする姿勢が維持されます。

例えば、ある企業がCRMシステムの導入プロジェクトをベンダーに依頼した際、クライアント側は毎月進捗会議を開催し、ベンダーに対して明確な質問やフィードバックを行いました。ベンダーはその都度、詳細な報告を行い、進捗が滞った場合には迅速に解決策を提示しました。このような緊張感のある関係が続いた結果、プロジェクトは予定通り完了し、システムもスムーズに稼働しました。

一方で、緊張感を持たせすぎてしまうと、ベンダーとの関係が悪化するリスクもあります。
適度なフィードバックと要求をバランスよく行うことが、良好な関係を保ちながら高品質なサポートを引き出すために重要です。

6. ベンダ依存を脱却するための具体的なアクションプラン

IT部門が自社内で強力な役割を果たし、ベンダーに依存しない体制を整えることは、長期的なプロジェクト成功の鍵となります。
自社内で技術的な理解を深め、ベンダーとのコミュニケーションにおいて適切なフィードバックや要求を行うことができれば、ベンダー依存から脱却し、サービスの質をコントロールすることが可能です。

またベンダーとの関係は、短期的な成果を求めるのではなく、長期的なパートナーシップとして捉えるべきです。
クライアント側が常に主導権を握り、ベンダーと対等な関係を築くことで、双方にとってメリットのある持続的な関係が生まれます。
特に、ベンダーとの間で明確なコミュニケーションを維持し、継続的な改善を促進する姿勢が重要です。
これにより、ベンダーにとってもクライアントの期待を理解し、それに応えるためのモチベーションが高まります。
このような環境を整えることで、ベンダーが常に高いパフォーマンスを発揮し、質の高いサービスを提供できるようになるのです。

7. まとめ:「手強い」クライアントこそベンダを育てる

緊張感を持った関係は、短期的には厳しく感じるかもしれませんが、長期的には企業にとって大きな利益をもたらします。
「手強い」クライアントになることで、ベンダーは手を抜けず、質の高いサービスを提供し続けることが求められます。
今後のITシステムの再構築において、賢いクライアントとしての姿勢を持ち、ベンダーと協力しながらプロジェクトを成功させるための基盤を築きましょう。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。