見積依存のリスク:発注者が知っておくべき価格依存の弊害

2024/11/13

1. はじめに:IT導入でよくある「見積依存」の現状と課題

企業がIT導入を検討する際、特に部門内でのシステム導入など、比較的小規模な発注においては「いくらでできるかをまず見積もってほしい」という価格ベースの依頼が多く見られます。発注者に予算を尋ねても「分からないから、まず金額を出してほしい」と言われ、さらにその金額をどのように評価するかを聞くと、「提案内容と金額のバランスで決める」と返されることが少なくありません。実際、システムベンダーで営業を担当する人の多くがこの状況を経験していると言います。

こうした「見積依存」が生まれる理由として、発注者が相場やシステム導入に関する知識が不足しており、どのくらいの予算が必要か見当がつかないというケースがあります。また、ベンダーに予算を伝えると「足元を見られるのではないか」と懸念し、予算を開示することに抵抗を感じる場合もあるでしょう。

このようなケースでは、システムベンダー側も発注者の予算の目安がわからず、発注側の「懐具合」を推測しながら見積もりを算出せざるを得ません。結果として、ベンダーは「少しでも安く」という方向で提案をまとめがちで、最適なソリューションから離れてしまうことがあるのです。

今回のコラムでは、こうした部門内発注のような比較的小規模なIT導入における「見積依存」のリスクと、発注者が果たすべき役割について考察していきます。

2. 見積依存のリスクとは何か:価格優先が招く本当の弊害

このような「見積依存」のアプローチは、結果的に入札と同じ構造になりがちです。発注者が「提案内容と金額のバランスで決める」という判断基準は、一見すると合理的に思えますが、、実際には個々の要素で最も安価な提案に決めることが多く、最適なソリューションを選ぶことが難しくなるからです。特に、予算が不明確なまま「いくらでできるか」に依存して進めると、安価な提案が選ばれやすく、その結果、追加コストを呼び込み、最も高くつく買い物になってしまうこともあります。このような選択は、発注者とベンダーのWIN-WINの関係を崩し、プロジェクト全体の価値を損なう原因となりかねません。

さらに、発注者が予算を示さずに「もっと安くならないか」という交渉を繰り返すことで、ベンダー側も提案内容を見直しなければならず、両者にとって時間のロスが発生します。この時間は本来、最も重要なリソースであるにもかかわらず、価格交渉に費やされることで、プロジェクトの本質的な価値を追求するための時間が削られてしまいます。こうして無駄になった時間はプロジェクトの質や進行に悪影響を及ぼし、長期的な成果を損なう要因にもなりかねません。

3. 発注者の役割:仮の予算設定がプロジェクトの質を左右する理由

プロジェクト成功のためには、発注者が「仮の予算設定」を行うことが不可欠です。この予算設定は、例えば部門内での発注であれば、事業部長の決裁枠内で検討する、またはIT導入による経済効果を評価し、それを予算に換算する方法などが考えられます。発注者がこうした「仮の予算感」を持つことで、たとえ仮決めであっても、それが具体的な提案や最適なソリューションに直結します。発注者が責任を持って予算を設定することで、ベンダー側も明確な制約条件のもとで、工数を適切に設定し、目的を達成するための最適な方法を提案しやすくなります。こうしたアプローチは、発注者にとってもベンダーにとっても建設的で実際に有効であることが多いのです。

4. 「最適な結果」を得るための予算感の必要性

IT導入で「最適な結果」を得るためには、まず予算感を持つことが重要です。予算が設定されることで、ベンダー側は限られたリソースの中で最適なソリューションを検討でき、発注側も「いくらでできるか」を超えた「何ができるか」に目を向けやすくなります。こうした予算感が、発注者とベンダーの建設的なパートナーシップを育て、価値あるIT導入を実現する土壌となります。

5. 価格にとらわれないIT導入:発注側が取り組むべきポイント

「価格依存」から脱却するためには、発注者が主体的に判断し、導入プロジェクトを成功に導く姿勢が求められます。まず、コストに振り回されないために、プロジェクトの目的や達成すべき成果を明確にしましょう。さらに、ベンダーが提示する見積の背景を理解し、コストと価値のバランスを評価する視点を持つことが重要です。仮の予算設定に基づき発注側がリードすることで、WIN-WINな関係を目指し、価値とコストのバランスを見出すことが、成功のためのカギとなります。

6. 結論:発注者としての責任と成功に向けた決断力

見積依存のリスクを避け、IT導入を成功に導くためには、発注者がまず予算を仮にでも設定することが鍵となります。この予算設定が正確かどうかにこだわる必要はなく、決めたプロセス自体が発注側にとっての指針となります。「なぜそう考えたか」というプロセスを大切にする姿勢が、発注者とベンダーのWIN-WINを実現するための道標となります。発注側のリーダーシップを発揮し、主体的にIT導入を成功させましょう。

この記事を書いた人について

谷尾 薫
谷尾 薫
オーシャン・アンド・パートナーズ株式会社 代表取締役
協同組合シー・ソフトウェア(全省庁統一資格Aランク)代表理事

富士通、日本オラクル、フューチャーアーキテクト、独立系ベンチャーを経てオーシャン・アンド・パートナーズ株式会社を設立。2010年中小企業基盤整備機構「創業・ベンチャーフォーラム」にてチャレンジ事例100に選出。